痩せている人にだって悩みはあるもの

男に捨てられたスリムな女

私は昔、痩せ過ぎていて幾らご飯やお菓子を食べても太らないような体質だったので、痩せたい人達からしてみればそれは羨ましいと感じられる反面、いつも虚弱だ、貧相だ、不健康だ、等と悪口も散々言われてきました。

私自身、痩せていてああ、良かった。と心底思えたような記憶は全然なく、少し太っている位の人が私にとってはとても羨ましく感じられたもの。

当時、付き合っていた男の一人には

お前のカラダじゃ興奮しない

とまで言われた事があります。

つまり、太っていても痩せていても背が高くても低くても、それはコンプレックスになりますし、他人からは何やかんやと言われるものなのです。

健康診断の結果でも、「痩せ過ぎ」としっかり表記されているのを見ては、早く普通の体系にならないとなぁ、なんて思わされる時がありました。

自分の悩みとどう向き合うか、で今後が決まる

ただ、そこで悩んでいるだけで何もせずに問題をそのまま放っておくか、気にしないように努めて開き直るか、死ぬ気で頑張って何とか問題を解決しようとするか、どういう行動を選択するかによって、その人のその後の人生も変わってきます。

私はそういう痩せっぽちの自分が嫌だったので、必死で努力をする事にしました。

痩せてるから何?!

とふんぞり返って居直るよりも、とにかく自分の出来る限りの事はやってみる方が良いと、私は常に考えているからです。

それは何も体型に限った事ではなく、今も昔も自分がコンプレックスに感じるものに対して私は改善する為の努力は惜しみません。

時にはお金もかかりますが…

私は自分自身の気になる点に対しては、内面外面を問わずに迷わず努力をする方なので、時にはそれなりにお金もかかりますが、それでも必要な時には惜しみなく使っていきます。

バッグとか洋服とか、モノに対しての執着や関心が薄い反面、自分への投資という事で今迄使ってきたお金は結構な額になるかとは思いますが、それは決して無駄ではないと思っています。

もちろん、遊びや旅行なんかも大好きなので、そうした経験なんかにもよくお金を使う事はありますが。

ファティーボ

自分を高める為の行為に、私は喜びすら感じます

自分を向上させる為の努力はなかかな効果が出なくて嫌になったり、時には全く結果に結びつかずに終わってしまうような場合もあるでしょう。

しかし、私は何でもスグに結果が出るものではないという事を理解していますから、そこで焦ったりせずに楽しみながら努力を続ける事を心掛けるようにしています。

いつも自分が好きでいられるように、

なりたい自分に向かって邁進していく

という行為に、私は何の疑問や躊躇いも感じた事はないのです。

むしろ、人間はそういう努力を積み重ねなければならないのだと、色々な場面で痛感せざるを得ない事が多いです。

自分を高める為の努力というのは、やってみると分かりますが、実はとても楽しいものですよ。

何しろ、昨日の自分よりも今日の自分の方が僅かでも優れているという成長が、とても良く感じられるからですね。

若さしか取り柄のない女。その後はどうなる?

昔の知り合いで、

女は20才を過ぎたら、今日より良い日はもう来ない

と、言っていた人がいました。

これは人間の身体の機能や成長がピークを過ぎた後、徐々に衰えていくものだから、

20歳以降はただ歳をとっていくだけ。

私は今日よりも確実に明日は歳をとってどんどん男にモテなくなっていくし、肌のハリも髪の毛の艶も前の日には及ばない。

という意味で言っているのですが、自分の魅力が若さだけしかないと思っているような浅はか人は、人間の内面や精神的な成長とか修行というものが全く頭の片隅にもありません。

だから、そういう考えの人は歳を重ねて自分の容色が衰えてきたらそれで一巻の終り。

自業自得とは言え、後は若い女に嫉妬するだけの年増女に成り下がるだけでしょう。

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